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長野地方裁判所 昭和38年(レ)26号 判決

控訴人 寺本高治

被控訴人 前田義市

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し左記義務を履行せよ。

1、別紙第一目録〈省略〉記載の(イ)(ロ)(ハ)の不動産の所有権を控訴人より訴外市川寅次郎に移転するにつき長野県知事に対し、農地法第三条による許可申請手続をすること。

2、右許可申請につき許可があつたときは控訴人より右市川寅次郎に対し右不動産の所有権移転登記手続をすること。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

控訴人は「(1) 原判決を取消す。(2) 本件訴を却下する。(3) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および予備的に右(1) (3) 項同旨のほか「被控訴人の請求を棄却する。」との判決。

被控訴人は控訴棄却の判決。

第二、被控訴人の請求原因および再答弁

一、控訴人は昭和三〇年九月七日被控訴人に対し、別紙第一目録記載の農地を長野県知事の許可を受けることを条件として代金九〇万円で売渡すことを約し、被控訴人は昭和三二年八月初旬頃訴外市川寅次郎に対し、右農地全部を前記同様の条件の下に代金一六〇万円で転売することを約したが、控訴人はその後昭和三二年八月二八日に至り被控訴人の代理人高橋恒夫に対し右農地の所有権を直接控訴人より右市川に移転することとし、右農地につき、控訴人は長野県知事に対し同人を譲渡人、右市川寅次郎を譲受人とする農地法第三条の所有権移転許可申請手続をすること、右許可申請について許可があつたときは控訴人は右市川に対して直接所有権移転登記手続をすること、を約した。

二、ところが、控訴人は被控訴人が昭和三二年一一月一五日控訴人を代理して長野県上水内郡豊野町農業委員会に書類を提出してなした譲渡人控訴人、譲受人市川寅次郎とする農地法第三条所定の農地所有権移転許可申請手続について右農業委員会に対し決定を留保されたい旨を申立てたため以後の手続が停滞している。

三、よつて被控訴人は控訴人に対し前記契約にもとづき右市川のために農地法第三条による本件農地の売買に関する許可申請手続及びその許可のなされたことを条件とする所有権移転登記手続を求める。

四、本件土地の代金に関する控訴人の主張事実は否認する。右代金については、被控訴人は控訴人に対して昭和三〇年三月一九日内金九五、〇〇〇円を支払い、以後昭和三一年四月一四日迄に現金で一一五、〇〇〇円を、控訴人に対するリンゴ等の売掛代金で五〇一、五一六円を各支払い、更に昭和三二年八月二八日控訴人との間において残代金を四〇万円と協定して即日その全額を支払つた。

第三、控訴人の本案前の答弁

被控訴人は本訴を訴外市川寅次郎のために提起しているが、被控訴人に右市川のためかゝかる請求をする資格はない、よつて被訴人は当事者適格を有しないものであるから本件訴は却下されるべきである。

第四、請求原因に対する答弁並びに抗弁

一、請求原因第一項中、控訴人が被控訴人に対しその主張の頃主張の農地をその主張のような条件で売渡すことを約し、更に被控訴人が市川に対しその主張の頃その主張の条件および代金で転売することを約したことは認めるがその他の事実は否認する。控訴人が被控訴人に売渡すことを約した代金は一二〇万円であつた。同第二項の事実は認める。

二、農地法第三条の許可は控訴人と直接取引関係に立つた被控訴人を譲受人として許可の要件を判断すべきであるから控訴人より被控訴人への本件農地の所有権移転許可申請手続及び所有権移転登記手続を省略して控訴人より直接訴外市川寅次郎に対し所有権移転許可申請手続及び所有権移転登記手続をなすべき旨の契約は無効である。

三、控訴人の本件不動産についての許可申請、所有権移転登記手続義務と被控訴人の右代金残額支払義務とは同時履行の開係にあるところ控訴人は本件不動産の売買代金中金四〇五、〇〇〇円の支払いを未だ受けていないから被控訴人がその提供をするまで控訴人は本訴請求に応ずる義務はない。なお、被控訴人の代金支払の主張に対し被控訴人から昭和三〇年三月一九日金九五、〇〇〇円、昭和三二年八月二八日金四〇万円を受領したことは認めるがその他の事実は否認する。

第五、証拠関係〈省略〉

理由

第一、本案前の申立に対する判断

本訴が昭和三二年八月二八日控訴人および被控訴人間において成立した第三者たる訴外市川寅次郎のために農地法第三条所定の許可申請手続等をなす旨の契約にもとづき、要約者たる被控訴人から、諾約者たる控訴人に対し、右契約の履行を求めるものであることはその主張自体から明らかである。ところで、右契約は第三者のためにする契約であるから第三者たる市川が右許可申請手続、所有権移転登記手続請求権を行使しうることは勿論であるが、被控訴人においても右市川の請求権とは別個に控訴人に対し市川に右各手続の履行を請求しうるものである。本訴は被控訴人が市川の権利を代つて行使するものではなく契約当事者としての自己の権利を主張するものであるから被控訴人が本訴を追行するについて当事者適格を有することは明らかである。よつて、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

第二、本案に関する判断

一、被控訴人が控訴人から昭和三〇年九月七日頃別紙第一目録記載の不動産を長野県知事の許可のあつたことを条件として(代金の点はしばらく措く)買受けることを約し、更に被控訴人が昭和三二年八月初旬頃これを訴外市川寅次郎に対し前記同様の条件の下に、代金一六〇万円で転売することを約したこと、被控訴人が控訴人を代理して豊野町農業委員会に対し昭和三二年一一月一五日付で別紙第一目録記載の(イ)(ロ)(ハ)の不動産につき、譲渡人を控訴人とし、譲受人を市川寅次郎とする長野県知事宛農地法第三条による農地所有権移転許可申請書を提出したこと、その後控訴人が右農業委員会に対し決定を留保されたい旨申立てたため爾後の手続が進行しないでいること、は当事者間に争がない。

二、被控訴人は、右農地につき昭和三二年八月二八日被控訴人の代理人高橋恒夫と控訴人間で右農地の所有権を控訴人より右市川に直接移転することとし譲渡人を控訴人とし、譲受人を市川寅次郎とする農地法第三条所定の許可申請手続ならびにその許可のあつたときはその所有権移転登記手続をする旨の契約が成立したと主張するので考えるに、成立に争のない甲第五号証ないし第一〇号証、第一三号証の一、第一四号証の一、二、第一五号証、第一六号証、第一八号証の一ないし三、および原審証人古川俊三、飯田友治、村松茂、高橋恒夫、山岡正明、寺本康高(一部)の各証言、原審における被控訴人ならびに控訴人(一部)各本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実を認めることができる。すなわち、

控訴人は被控訴人に本件農地を含む別紙第二目録〈省略〉記載の不動産を売渡すことを約したが、代金額の争などから昭和三二年八月頃まで登記手続を履行しないでいた。しかし、その後被控訴人の代理人高橋恒夫は昭和三二年八月二八日控訴人を長野市権堂町岡沢旅館に招き、同所において右高橋及び控訴人のほか古川俊三、寺本康高、山岡正明、中村文直らを同席させて種々協議した結果、控訴人との間で、被控訴人は別紙第二目録記載の不動産の代金残額として金四〇万円を支払うこととし、控訴人はこれと引換に被控訴人のため別紙第二目録記載の不動産中(ニ)(ホ)の不動産については同人に対し直ちに所有権移転登記手続をすること、および右のうち(イ)(ロ)(ハ)の不動産については既に転売の約束も成立し、また農地であるためその転買人に対し農地法第三条による県知事の許可手続を経たうえ、その所有権移転登記手続をすることを約した。この約旨に基き右高橋は即時控訴人に金四〇万円を交付したので、控訴人は右高橋に控訴人が譲渡人として記名捺印した農地法第三条の許可申請書、委任状、売渡書、控訴人の印鑑証明書など、右許可申請ならびに登記に必要な書類のすべてを作成して交付し被控訴人にこれらを関係官庁に提出することを委任した。その際右許可を受けるについての譲受人の名義については当時控訴人は被控訴人が右農地を市川寅次郎に転売する約束をしていたことを知つていたので、前記書類の交付を受けた被控訴人においてその譲受人欄に前記市川寅次郎の住所氏名を記載することを了承して前記書類の譲受人欄はすべて空白のまゝにしてこれを交付した。そこで被控訴人は昭和三二年一一月一五日前記書類の譲受人欄に市川寅次郎の住所氏名を記載し、その名下に同人の捺印を受けたうえこれを豊野町農業委員会に提出した。

以上の事実が認められるのであつて、右認定に反する原審証人寺本康高の証言および原審における控訴人本人尋問の結果は前掲証拠にてらし信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。ところでこの認定の事実からすれば本件農地については県知事に対する許可申請手続に必要な書類を交付した際控訴人と被控訴人との間で更めて控訴人から右市川に対し直接右農地を売渡すこととし、これに必要な県知事に対する所有権移転許可申請および所有権移転登記手続をなすべき旨を暗黙のうちに合意したものということができる。

三、控訴人は、農地法第三条による許可手続は控訴人と直接取引関係にたつた被控訴人を譲受人として許可の要件を判断すべきであるから控訴人から直接訴外市川寅次郎に対し所有権移転許可申請および所有権移転登記手続を求めることはできないと主張するが、一旦は現に控訴人から被控訴人へ、更に被控訴人から訴外市川へ順次右農地を売渡す合意がなされたとしても、前記のとおり後に更めて控訴人と被控訴人の間においては控訴人から市川に対し直接その所有権を移転しかつそれに必要な県知事に対する許可申請手続をなす旨の合意がなされた以上、被控訴人の求める許可申請手続が実体と関係のないものとするのは当らない。そして、これは訴外市川のためにする契約ではあるが、農地法その他の法律に違反し無効とすべき事情が認められない以上かゝる行為を目的とする契約を直ちに無効であるということはできない。よつて控訴人の右主張は採用できない。

四、次に控訴人は本件不動産の売買代金中金四〇五、〇〇〇円の支払いを受けていないから被控訴人がその提供をするまで本訴請求に応ずる義務はないと主張するので考えるに、成立に争のない甲第一三号証の一、二、第一六号証および原審証人高橋恒夫、古川俊三、の各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果を総合すれば、別紙第二目録記載の不動産につき控訴人と被控訴人との間で代金を金九〇万円と約定したこと、被控訴人は前記昭和三〇年三月一九日金九五、〇〇〇円を支払つた(この点については当事者間に争がない。)ほか、以後昭和三一年四月一四日までに現金で金一一五、〇〇〇円を支払い控訴人に対するリンゴ等の商品代金五〇一、五一六円を右代金の一部の支払いにあてたこと、従つて残代金は金一八万円余りであつたところ、昭和三二年八月二八日控訴人と被控訴人代理人高橋との間で残代金を金四〇万円とすることに合意が成立し、被控訴人は同日右金四〇万円を控訴人に支払つた(この点についても当事者間に争がない。)ことによつて右代金債務は完済されたこと、がそれぞれ認められ、右認定に反する原審証人寺本康高の証言および原審における控訴人本人尋問の結果は前掲証拠と対比しにわかに措信できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。してみれば、本件不動産の売買代金はすべて完済されているのであつて、その残存することを前提とする控訴人の右主張は採用できない。

五、そうであるならば控訴人は被控訴人に対する関係で別紙第一目録記載の(イ)(ロ)(ハ)の不動産につき譲渡人を控訴人、譲受人を訴外市川寅次郎とする農地法第三条の許可申請手続およびその許可のあつた場合の控訴人より同訴外人に対する右不動産の所有権移転登記手続をなすべき義務があるといわなければならない。

よつて、被控訴人の本訴請求中県知事の許可のあつた場合本件農地の所有権移転登記手続を求める部分は理由がありこれを認容した原判決は正当である。ところで、本件農地の所有権移転につき農地法第三条による許可申請手続を求める部分については、被控訴人は控訴人が長野県上水内郡豊野町農業委員会に一たん提出した右許可申請につき決定を留保されたい旨を申し入れたことから、控訴人に対し同農業委員会に右申請どおり異議のない旨の意思表示をせよとの判決を求め、原審はその申立を容れその旨の判決をしているのであるが、右申立は、控訴人が既に農業委員会に提出された許可申請書類を利用するか否かはともかくとして、結局本件農地について県知事に対し譲渡人を控訴人、譲受人を前記市川とする所有権移転の許可申請手続をすることを求めるに外ならず、その手続の個々の段階における行為を命じたとしても、例えば既に提出された申請書の紛失等により申請手続が進行しえないことを慮れば、既に提出した申請どおり異議のない旨の意思表示を求めるが如きは訴の利益を欠くものというべく、その申立の真意に則り県知事に対する前記趣旨の許可申請手続を命ずべきものである。よつて、原判決中前記の部分は法律上失当であるからこれを取消し、所有権移転登記を求める部分と合せて主文の如く原判決を変更することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九六条・第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中隆 千種秀夫 福永政彦)

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